ろじをの生き方さんぽ

精神疾患から蘇ったので元気をおすそ分け

生きづらさ 

昨日両親と彼女とランチへ行った。

 

僕以外の3人は航空関係者だ(両親はとっくに引退しているが)

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親父は沖縄出身パイロット第二期生である。

 

久しぶりに親父のバリバリ働いていた頃の話を聞いた。

初耳だったのは、ボーイング社から新しく買った機体をシアトルからグアムなどを経由して沖縄に運んできたというはなし。

 

身長は小さいし、ドラえもんのような体型で、普段のおちゃらけた様子から、誰が彼をパイロットだと信じられるだろうか。。。

(ギャップに弱い女性たち、うちの親父をおすすめする)

 

親父は修学旅行生の子供たちが乗ると、コックピットを開放してその様子を子供たちに見せていたらしい。

子供たちはものすごく喜び、その後感謝の手紙を書いて送ってきてくれたらしい。

 

ハイジャック事件が起きてからはそのサービスもできなくなったみたいだが、、

 

年々コンプライアンスは厳しくなっており、制服姿で写真を撮ることもはばかれる時代になっている。

 

その話題になると親父は

「つまらない世の中になったねぇ、、、」と嘆いた。

 

この国で生きづらさを抱えている人間は少なくない。

 

それもみな国民全体の自尊心の低さから来ているのかもしれない。

 

不満を抱えて、我慢して暮らしている人が多いのだろう。

 

日本は我慢が美徳されてきた節があるがそれは見直されるべきである。

 

どんな我慢が見直されるべきか。

自分の感情を押し殺してしまう我慢である。

 

あなたが辛い、思っているのなら、それは辛いこと。

あの人は自分よりもっと辛いだなんて考えなくていい。

 

しかし、自分で認めるのはなかなか難しい。

というか、辛いと思っていることすら気付いてないかもしれない。

 

だから社会が必要なのだ。

 

社会とは自分以外の人間たち、ひとりひとりだ。

 

自分がうつになった時、自分の辛さを受け止めてくれ、頷いてくれる人がいた。

手を握ってくれる人がいた。

 

それだけで人は生きていく力を持つ。

 

苦しみをわかってくれたといった

大切にされた感覚は、

その人の自尊心を向上させる。

 

利益至上主義はもう限界にきている。

 

社会は人のために存在していなきゃいけない。

 

そのことを考えていかなきゃいけない時に来てると思う。